Peco’s Journal

いろんなこと書くよ

#41 1年ぶりにP.S.の向こう側と向き合ってみた

 

大好きな曲の話をします。

 

 

 

P.S.の向こう側という曲をご存知ですか?

 

ラブライブ!サンシャイン‼︎のAqoursの派生ユニット、CYaRon!が歌っている曲です。もし、名前も知らない!聴いたことない!って方は、まずこちらを。

 

youtu.be

 

ラブライブ!サンシャイン‼︎TVアニメ1期BDのゲーマーズの全巻購入特典で配布された楽曲になります。ライブでは2ndツアー名古屋2日目、神戸初日、埼玉初日、函館UC初日、ファンミ松山、金沢などで披露されています。2ndツアーと函館UCは映像化もされていますね。

 

今日はこの曲について色々考えていることを、歌詞をメインに話していこうと思います。過去に何本かブログ記事として上げており*1*2、そちらと被る内容もあるかとは思いますが、何卒ご容赦ください。この素敵な曲の魅力が少しでも伝われば幸いです。

 

 

 

歌詞を読んでみる

 

では早速、歌詞を読み解いてみます。歌詞部分は色を付け、太字&下線で示します。

 

誰もいないカフェのテーブル

頬杖ついて考える

どうしてるかな 君は今ごろ

誰と過ごしてるの?

 

歌の始まりは、舞台の描写から始まります。なるほど、静かなカフェ。いい感じですね。「誰もいない」というフレーズから察するに、例えば以前はそこに誰かがいた、つまり以前は「君」とよく来ていたカフェだったりするのでしょうか。

 

「どうしてるかな 君は今ごろ 誰と過ごしてるの?」からわかる通り、歌い手と「君」は今は一緒にはおらず、かつその状態になってからはある程度の時間が経過しているようです。なるほど。

 

 

なんとなく さっき買った

ポストカードを取り出して

「お元気ですか?」

書いてみたけど つぎの言葉が探せない

 

今の時代、スマホがあれば簡単にメールも電話もできます。そんな中での「ポストカード」、なんとなくオシャレで、何か特別な感じがしますよね。そう、「なんとなく」。電話やメールでは伝えられない特別な想いを込めたくて、無意識のうちに歌い手はそれを選んだのかもしれません。

 

「お元気ですか?」は手紙の一言目によく使われる定型文みたいなもの。気軽に書けるためしばしば使われますが、その後を続けるのって意外と難しかったりします。そんなね、いつも会って話してたような人に手紙なんて滅多にないことですから、言葉なんて簡単には浮かんでこないものです。「つぎの言葉が探せない」のは、きっとその不思議な緊張感によるものなんじゃないですかね。

 

 

毎日話しても 足りないって思ってた

 

ここ、自分の経験に嫌というほど重なってしんどいポイントなんですよね・・・。おまけで話します。

 

 

いまは遠いんだね さみしい気持ちで

つめたくなった紅茶飲んでるよ

でもいつか いつかね

また会える気がするからさ 落ち込んでないよ

 

毎日話しても足りないって思えるくらい仲の良かった人たちが「いまは遠いんだね」なの、辛いんですよ。別に、サラッと会ってサラッと別れるくらいじゃなんとも思わないんです。ずっと一緒にいたという、決して消えることのないその時間が、記憶があるからこそ、離れ離れになるのが辛くなるんです。

 

「つめたくなった紅茶」ってフレーズ、表現力の塊でこの曲の中でもすごく好きな歌詞です。熱かったものも冷めてしまった、という時間の経過、そして心情の変化を比喩的に表していますよね。ラブライブ!サンシャイン‼︎の楽曲、「熱い」みたいな歌詞が来る度に絶対ここに対比が生まれてしまうからしんどい。最近だとBrightest Melodyとかにも出てきてますね。

 

「さみしい気持ちで」って自分でも言ってるのに、それを隠すように「落ち込んでないよ」とか歌うのもしんどい。切なくても精一杯の笑顔で、「また会える気がするからさ」って希望を持って、CYaRon!ちゃんはこの曲を歌うんですよね。落ち込んでる姿は「君」には見せたくないんでしょう。

 

 

手書きだと照れちゃうね

ちいさな文字をながめ

だんだん下手っぴになってきたみたい

ボールペンくるりと回した

 

「手書きだと照れちゃうね」。一緒に(学校)生活を送る上で手書きの文字自体は何度も見る機会はありそうですが、直接気持ちを込めたメッセージを手書きで送る機会なんてこのご時世滅多にないでしょう。もしかしたら初めてかもしれません。「ちいさな文字」がその照れ具合を間接的に描写しています。僕は去年の誕生日に友人から手書きの手紙を貰ったんですが、読んでるこっちもなんだか照れちゃいました。

 

「だんだん下手っぴになってきたみたい」に関しては、インターネットの海で「涙で滲む目がそうさせているのでは」みたいな話を聞いた時はなるほど、と膝を打ちましたね。僕はその後に続く「ボールペンくるりと回した」も含めての照れ隠しだと思っていました。

ちなみにここ、曜ちゃんのソロパートです。なんかいいよね。

 

 

離れてしまうなんて ありえないことだよと笑ってたね

 

しんどいです。

1番の「毎日話しても足りないって思ってた」と併せて読みたい歌詞。どっちも過去形なんですよね。楽しかった思い出が、波のようにどんどん押し寄せてくるんです。CYaRon!って唯一3年生がいないユニットだし、そう考えると一番「卒業」とかそういったテーマと遠い存在ではあると思うんです。いつも元気にワイワイ、そんな姿を見せてくれている彼女たちだからこそ、別れを想起させるこんな歌詞はグッときちゃいます。

 

 

最後にひとこと オマケみたいに伝えておこう

「どうもありがとう」

だっていつか いつかね

また会えるはずだからきっと その日を待ってる

 

「最後にひとこと」として「どうもありがとう」って書くの、やっぱりちょっとだけ不思議な気がします。なんだろう、もう「君」とはずっと会えないような・・・僕にはそんな気がしてならないのです。その一言に、この手紙がどういったものであるか、その正体の鍵が隠されているのかもしれません。

 

でもまぁ、追伸というのは本文にうまく入れられなかった言葉を書く場所ですし、そこにシンプルな感謝の気持ちを入れるのもアリなのかもしれません。これは僕が勝手にしんどくなってるだけなのかな。ここは特に皆さんの意見も聞いてみたいですね。

 

「また会える気がするからさ」とか「また会えるはずだからきっと」っていうこのフレーズも、別に普通に連絡が取れるなら遠くにいても「次いつ会えそうかな?」とか言えると思うんです。それを敢えてこう歌うのは、何かどうしても簡単には会えない特別な理由があるんでしょうか。

 

 

返事なんかいらないけど

楽しかった季節

すこしだけ思い出して

胸がしめつけられて切ないんだ

 

「返事なんかいらないけど」と歌っていますね。この曲一番最後のあの歌詞*3で回収されるのですが、このお手紙、やっぱり何か不思議。もちろん「君」のことを想いながら書いたのでしょうが、「君」に渡すことまでは考えていなかったのかも。単なる照れ隠し?それとも、手紙を届けることすら難しいのでしょうか。

 

「楽しかった季節」「季節」という言葉選び、本当に好きです。この曲の中で一番好きな歌詞。基本的な意味としては時間、と置き換えることができますが、「季節」という言葉は、時間の流れ、風景、温度、そういったものまでも想像させてくれます。

 

そしてやっぱり「切ない」。それも「胸がしめつけられて」しまうほどの。僕がずっとこの曲に対して感じていた切なさが、歌い手の口からも語られました。別に嘘をついていたわけでもないでしょうし、きっとそんな後ろ向きな気持ちは、特に「君」には隠しておきたかったのだと思います。

 

 

いまは遠いんだね さみしい気持ちで

つめたくなった紅茶飲んでるよ

でもいつか いつかね また会える気がするからさ

気のせいかもね

最後にひとこと オマケみたいに伝えておこう

「どうもありがとう」

だっていつか いつかね

また会えるはずだからきっと その日を待ってる

ポストカード…出してもいいかな?

 

 最後のパートです。歌詞は基本的に繰り返しなのですが、新たに2つのフレーズが歌われています。

 

「また会える気がするからさ」に対し、「気のせいかもね」。僕が各所で感じていた不思議さがこの一言で肯定されたような、そんな気がします。ずっと仲の良かった友達と、もしかしたらもう二度と会えないかもしれない別れをすること、きっと辛いことです。「気のせいかもね」と歌う歌い手もきっと、心の中では想像できないくらい辛い気持ちだと思います。

 

「ポストカード…出してもいいかな?」からは、「君」との別れとその辛い気持ちを断ち切り、前に進もうという歌い手の強い姿勢が見えます。「返事なんかいらないけど」ってさっきは歌ってたけど、「出してもいいかな?」と思えるように前向きになってるのが好きですね。ちなみに歌詞だけだと本当にポストカードを出したかはわかりませんが、流石2.5次元コンテンツ、ライブで回収されています。

 

歌詞カードには載っていませんが、曲の終わりに3人が言う「ありがとう」の一言。これはポストカードを受け取った「君」からの言葉、と考えることができますね。

 

 

解釈と夢、これからのこと

 

僕の読み方だと、

  • 歌い手と「君」は非常に密接な関係にあった
  • 今は別々の場所にいて、そうなってからはそれなりの年月が経っている
  • なんらかの理由で簡単には会えない

という状況が浮かんでくるんです。 

 

これ、色々想像を膨らませることができるんですが、僕が一番良いなぁと思うのが、「現実世界でラブライブ!サンシャイン‼︎の活動に区切りがついてからしばらく時間が経った後の、キャストからキャラへのメッセージ」っていう解釈なんです。

 

初めてそう考えたのは1年半前。今こうして改めてこの曲のことを考えてみると、ちょっとずつ、しかし確実に「終わり」に近付いていくラブライブ!サンシャイン‼︎が少しだけ切なく感じてしまいます。*4

 

さて。最近、一つ夢ができました。と言っても、これは僕の勝手な、独りよがりな夢。

 

将来、きっといつかこのラブライブ!サンシャイン‼︎という作品にも幕の降りる日が来ます。そんなとき、キャストさんに、個人としてこのP.S.の向こう側を歌ってほしいな、と思うのです。やっぱり僕も一人の人間であることは否定できません。これはなにか大きなものに肯定されてみたいな、っていう自分勝手な夢。

 

 

なんとなくですが、ラブライブ!サンシャイン‼︎は僕がハマる最後のコンテンツになるのかもしれない、という思いがあります。理由はわかりません。なんとなく。

 

将来、今仲良く話している人とも次第に関わらないようになってしまうのかな、なんて思っちゃったりしていて。もしかしたら、これを読んでくれている皆さんもそうなのかもしれませんね。僕はこの作品を通して知り合った沢山の人たちが大好きなので、そうなるのが余計辛く感じてしまいます。

 

そんな時、このP.S.の向こう側という曲が僕を救ってくれるかもしれない、と考えるようになりました。この曲では、遠く別れてしまった「君」のことを考え、今は離れ離れであることを最初は辛く感じていた歌い手も、最後にはしっかり前を向いて進めるようになっています。将来、僕が仲のいい仲間と離れ離れになり、胸が締め付けられるような切なさを感じることがあっても、この曲を聴けばまた前に進めるのかもしれません。

 

だから、この曲はずっとずっと大事にしていきたいと思っています。

 

 

おわりに 

 

半分くらい自分の話をしてしまいましたが、P.S.の向こう側という曲に興味を持ってくれたり、好きになってくれたりしたら嬉しいです。また1年後くらいに、この曲の話をするかもしれません。

 

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

ぺこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ:P.S.の向こう側と僕 

 

思い出話をさせてください。

小学生の頃、僕には親友と呼べる友人が2人いました。学校ではいつも一緒にいて、流行りのゲームの話をしたり、休み時間はボールを持って一緒に体育館に行っていました。学校が終わると毎日のように遊んでいたし、当時はそれこそ1番の歌詞のように、毎日話しても足りないって思ってました。

 

僕の住んでいた地域はそこそこの田舎で、小学校を卒業してもそのまま全員が同じ町の同じ公立の中学校に進むようなところでした。だから、小学校を卒業しても、こんな時間は続くと思っていたんです。

 

6年生になってすぐの春、両親から引っ越しの話を聞かされました。いわゆる家庭の事情というものでした。1年後の春、小学校を卒業すると同時に、僕は親友との別れを余儀なくされることになりました。

 

僕がその町を離れてしまう最後の日も、いつもの3人で遊びました。いつものように、いつもの場所で。最後、母の運転する車に乗り、車が動き出すと、向こうは手を振って走りながら追いかけてきてくれたりして。あの日のことは、今でも忘れられないです。彼らとはそれっきり、一度も会っていません。

 

そんな別れの経験を持つ僕にとって、この曲は本当に突き刺さるんです。この曲がまるで僕自身を表現しているような気がして。

 

ただ一つ違うのは、ポストカードを一度も出せていないこと。いつか出せたらいいなぁ。

 

 

 

 

 

*1:P.S.の向こう側 を考える | ぺこにっき

*2:#2 P.S.の向こう側を考えてみた話。 - Peco’s Journal

*3:「ポストカード…出してもいいかな?」

*4:こんなことはTwitter等では滅多に言わないですが