Peco’s Journal

いろんなこと書くよ

#31 あいつ

 

僕があいつに出会ったのは、今から4年前の春だったと思う。

 

あいつの存在を初めて認識したのはもう少し前だった。スーパーから買ってきた総菜のコロッケを台所に置いていたら、いつの間にか齧られた跡があったのだ。すぐにその手の奴の仕業だとわかった。

 

あいつはよく家の周りにいた。最初の頃はやはり人には慣れていないようだった。僕が近くに寄るとすぐに逃げ出してしまうくらいだった。

 

 

僕はあいつと仲良くなりたかった。 

 

明確な理由なんてなかった。

ただ、当時不登校気味で家に一人でいることが多かった僕は、誰か友達が欲しかったのかもしれない。

でも本当に、理由は何となくだった。

 

ある日、ふと思い立った僕は、家の冷蔵庫にあったソーセージを適当に一本取り、いつものように家の近くで寝ていたあいつの近くに放り投げてみた。

あいつは少し不審に思いながらも少しずつ僕が投げたそれに近づき、射程圏内に入ったところでパクッと咥えて、そのまま遠くへ走り去ってしまった。

 

態度には一切示してくれなかったが、僕は少しだけあいつと仲良くなれた気がした。

 

 

数日後。

 

玄関から出て辺りを見渡すと、またあいつがいた。あいつはまた家の近くの、いつもの場所を陣取っていた。

 

僕は家に戻って戸棚にあった鰹節を袋から軽く掴んで持ち出し、あいつから少し離れた場所に置いてみた。あいつはすぐに近寄ってきて、匂いを嗅ぐや否やすぐそれをその場で食べ始めた。

僕に警戒心はさほど見せないようだった。

 

その後しばらく鰹節やらソーセージやらをあいつに差し出す日々が続き、出会ってからひと月が経った頃には、あいつはすっかり僕に懐いていた。

 

 

夏になった。

 

僕があいつと仲良くなってから、毎日が少しだけ楽しくなった。

 

玄関から一歩外に出ると、大抵あいつがいた。

僕がしゃがむと、必ずあいつが近寄ってくるようになった。

あいつを撫でても威嚇されなくなったのがいつだったか、覚えていない。そうなるまで、あまりにも自然だったのだろう。

 

相変わらず僕はなかなか学校に行けずにはいたが、あいつがいることでそんな憂鬱な気持ちも少しは晴れていたと思う。

気が向いて学校に行った帰り、道の最後の角を曲がって視界に入った家の前で、あいつはいつも僕を待ってくれていた。

そんな日々が、僕にはとても特別に感じられた。

 

 

秋になった。

 

気温が下がり、寒くなってくると同時に、あいつが家の前に来ることが少なくなってきた。理由はわからなかった。それでもたまにあいつの鳴き声がするとすぐに僕は家の外に飛び出し、あいつと一緒に遊んでいた。

僕があいつの友達だからだ。

 

 

冬になり、雪が積もった。

 

あいつは家の前に姿を見せなくなった。

あいつらが冬の間何をしているのか、僕は知らない。どこか暖かいところを探しているのだろうか。暖かさを求めていたのなら家の中にいくらでも入れてやったというのに、あいつは一度も僕にそう頼むことはなかった。あいつなりの強がりだったのだろうか。

 

姿は見なかったが、時たまあいつらしきものが作った足跡が雪の上に点在することがあった。雪の上に黄色いシミがついていることもあった。その度にあいつの顔が頭に浮かんだ。

 

冬の間、あいつの姿が見えない間も、僕はあいつのことを忘れたことは一度もなかった。雪が解け、春になり、暖かくなったらまたあいつに会える、ずっとそう思っていた。

 

 

春になった。

 

雪が解け、暖かくなった。

 

あいつは姿を見せなかった。

 

僕はあいつに会いたかった。

あいつがいつ来てもいいように、家の前に一掴みの鰹節を置いたりしてみた。

家の周りをソーセージ片手に歩き回ったこともあった。

それでも、僕はあいつに会うことはできなかった。

 

 

またしばらく時間が経った。

僕はそれまで通っていた学校を辞めた。

空いた時間を利用して、アルバイトを始めた。

僕の周りの環境が、少しずつ変わり始めていた。いつしかあいつのことは記憶から薄れ、あいつのことを想う時間は日に日に少なくなっていった。

 

その半年後、僕は引っ越すことになった。

 

 

 

あいつが家に来なくなってから、何度目かの冬。

実家に帰っていた僕は、用事があって近くのコンビニへ行っていた。用事を済ませ自動ドアを開けると、ドアの外から話し声がした。声のしたほうを見やると、缶詰を持った男性とその連れが何人かでしゃがんでいた。

 

 

その男性たちの輪のなかに、あいつがいた。

 

 

ちゃんと確かめていないので、正確にはわからない。でも、あの人懐っこさ、模様、大きさ、あれは限りなく僕が仲良くしていたあいつに近いものだった。

 

そのコンビニは、僕が住んでいたその家から1kmほど離れていた。途中に川を挟んでおり、橋を渡らないと来られない場所だった。

あいつはあの冬の間にたくさん歩き、居心地のいい場所を求め、そこに辿り着いたのだろう。

 

姿を見せなかったあの冬以来、僕はあいつが僕のことを忘れてしまったと思っていた。そして、そのコンビニで出会ったあいつは、僕の姿を見ても近寄ってきたり、特別な反応を示すことはなかった。きっと忘れてしまったのだろう。

 

それでも、僕はまたあいつに会えた。

 

二度と会えないと思っていたあいつに、また会うことができた。それだけで十分だった。

 

あいつが僕のことを忘れていても、僕はあいつのことを覚えていた。忘れるはずがない、なぜなら僕はあいつの友達だから。

 

 

それから今日に至るまで、僕はあいつと会っていない。最後に会ったあのコンビニも、一度も行っていない。

 

でも、もう無理に会いに行かなくてもいいんだと思う。今もあいつはあいつなりに生活しているのだろう。それなら僕もいつまでもあいつに囚われず、自分なりに生活しなければいけない。

 

 

あいつと過ごした日々は、本当に楽しかった。あいつはいつも僕の心を癒してくれた。

将来、自分の生活に余裕が出来たら、いつかあいつのような友達を、今度は家の外なんて寒い場所じゃなく、家の中、暖かい場所に迎えてやりたいなと、そう思う。

 

 

 

ぺこ