Peco’s Journal

愛称はぺこにっき。(@pecopeng)

#2 P.S.の向こう側を考えてみた話。

 

 

 

でもいつか いつかね

また会える気がするからさ…

 

 

 

ぺこです。

 

 

4/27,28に開催される

Saint Snow PRESENTS LOVELIVE! SUNSHINE!! HAKODATE UNIT CARNIVAL

まで、あと2か月ほどとなりましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、今回語っていくのはその函館でも披露されるかもしれない一曲、

P.S.の向こう側 by CYaRon! です。

 

昨年9月にぺこにっきで書いた「P.S.の向こう側 を考える」を始めとし、これまでこの曲にあてた記事をいくつか書いてきました。歌詞考察からライブ演出の話、果てには英語から攻めたりもしたものです。

 

今回も、そんな私が大好きなP.S.の向こう側を語っていきます。これまでの内容を含みつつ、新たな視点からの考察もさせていただきました。どうぞごゆっくりお付き合いいただければと思います。

 

 

 

 

 

 

1.はじめに

 

P.S.の向こう側という曲についておさらいしておきましょう。

 

 この曲はCYaRon!のシングル曲。アニメ1期BDの全巻購入特典のCDです。

ゲーマーズがこのCYaRon!の「P.S.の向こう側」。

アニメイトGuilty Kissの「Guilty Eyes Fever」。

そしてソフマップAZALEAの「LONELY TUNING」です。

 

 これらの店舗特典曲は、2ndライブツアーの名古屋2日目、神戸初日、そして埼玉初日に披露されています。私は幸運にもそのうち2回を現地で参加しており、素敵なパフォーマンスに心を震わされていました。

 

 

2.歌詞読解&考察

 

歌詞は下線&色で、私のコメントでは「」で示しています。

 

 

誰もいないカフェのテーブル

頬杖ついて考える

どうしてるかな 君はいまごろ

誰と過ごしてるの?

 

「誰もいない」と敢えて歌うことにより、以前はそこに誰かがいた、ということが強調されています。曲の世界観が歌い出しから表現されていて良いですね。

また、「誰と過ごしてるの?」ですが、遠く離れている「君」への想いが独特な言い回しで描写されていて好きです。誰と過ごしている?と聞くその心は、この先自分と「君」はもう一緒に過ごすことが難しい、もしくはできない、そう悟っているようにも受け取れます。ここは普通なら、何をしてるの、どこにいるの、なんかが妥当ですもんね。

 

 

なんとなく さっき買った

ポストカードを取り出して

「お元気ですか?」

書いてみたけど つぎの言葉が探せない

 

「なんとなく」というのは無意識に、特別な理由もなく、という意味ですね。

でもこの場合、手に取ったポストカードは「君」に贈るためのものですよね。特に意識せずとも「君」のことを考えているからこその「なんとなく」であると感じました。2人の以前の関係がどんなものだったか、想像できますね。

「つぎの言葉が探せない」のは、直後に続く歌詞からその理由を読み取ることができます。

 

 

毎日(Oh Yeah!)話しても 足りないって思ってた

 

話し足りないとは、まだ話せることが沢山ある、もっと話したい、といった意味ですね。さて、先の疑問を解消しましょう。

以前は「話しても足りない」ほどよく話していたからこそ、いざ手紙を書こうとすると変に考えすぎてしまい、何と綴っていいのかわからなくなってしまうのだと思いました。

毎日のように連絡を取っていた人と急に連絡を取らなくなると、次に声をかける時になんと言ったらいいかわからなくなるものです。

 

 

いまは遠いんだね さみしい気持ちで

つめたくなった(Lonely)紅茶飲んでるよ

でもいつか いつかね

また会える気がするからさ 落ち込んでないよ

 

「いまは」の3文字が歌い出しの「誰もいない」と同じような作用をしています。この曲の時間軸はそこではないのでイマイチ感覚が掴めないかもしれませんが、昔は一緒にいたんです。それを何度も暗に強調しているのがこの曲の歌詞の好きなポイントの一つです。

 

「つめたくなった紅茶」という歌詞がこの曲の中でもひときわ目立って美しいですね。つめたい、ではないところが重要です。

つめたくなった、とあるように、また、紅茶という言葉からわかるように、元々は温かかったそれが時間の経過によりつめたくなったのです。時間が経った理由はというと、「君」のことを考えていたから、「つぎの言葉」を探していたから、などが考えられますが、私はこの歌というひとつの作品の中で、時間の経過を見事に表現したこの歌詞が素敵だな、と思います。

 

そして、つめたいというその状態は、歌い手である自分の寂しい、落ち込んでいる、といった感情を表現していると感じました。

 

「いつか いつかね」という反復が、どこか実現しないとわかっている未来を表しているようで切ないですね。きっともう既に「君」と別れてからとても長い時間が経過してしまっているのでしょう。

 

「落ち込んでないよ」と自分を誤魔化すように歌っていますが、その本心は全く逆であった、というのがCメロでわかるかと思います。

 

 

ここから2番。

 

手書きだと照れちゃうね

ちいさな文字をながめ

だんだん下手っぴになってきたみたい

ボールペンくるりと回した

 

「手書きだと照れちゃう」理由として考えられるのは、それこそ直接手書きでの文字のやりとりに慣れていないからでしょう。ではなぜ手書きを選んだのか、それは、それに慣れていないからこそ、そこに含まれる特別な感情が伝わると思ったから、だと考察しました。

「ちいさな文字」はその文字に対する自信の無さなどを表現しています。また「ボールペンくるりと回した」も、「頬杖ついて」と似た細かい心情描写ですね。

 

 

離れて(Oh no!)しまうなんて ありえないことだよと笑ってたね

 

「ありえないことだよ」と笑い話にできるくらい自信を持って言えるくらいの仲ってどんなものなんでしょう。親密、という言葉では足りなさそうですね。等身大の感情が表れていて好きなところです。

 

 

最後にひとこと オマケみたいに伝えておこう(P.S.)

「どうもありがとう」

だっていつか いつかね

また会えるはずだからきっと その日を待ってる

 

「お元気ですか?」としか進んでいなかった手紙も、「P.S.」からわかる通り最後まで書き終えたようです。

「P.S.」、つまり追伸とは、お手紙の本文中に書けなかったことを、最後に追加の文として残すもののことを指します。今回の場合は何かというと、それはたった一言の感謝の言葉、「どうもありがとう」。追伸にその言葉を持ってくるところがまた、等身大の感情という気がして綺麗ですね。

 

ここでもまた使われる「いつか いつかね」の不確定な未来の反復表現、そして対になるように存在している「また会えるはずだからきっと」という確信に近い表現。不思議な組み合わせから読み取れるその意味は、叶うことのないとわかっている希望でしょうか。

 

 

Cメロに入ります。曲調は明るめの雰囲気から一転、しっとりと落ち着いた雰囲気に変わります。

 

返事なんかいらないけど

楽しかった季節(I miss you)

すこしだけ思い出して

胸がしめつけられて切ないんだ

 

 「落ち込んでないよ」と誤魔化していた心の裏側、つまりこれが本心なのでしょう。

返事が欲しくて手紙を書いているわけではないようです。では何故手紙を書いたのか、それは恐らく、相手の様子はわからなくとも、もしくは返事が来ないことがわかっていながらも、自分は元気であることを伝えたかったのかな、と思いました。

 

 「楽しかった季節」の「季節」という言葉。ラブライブ!及びラブライブ!サンシャイン‼の楽曲では度々出てくる言葉で、私がとても好きな言葉です。

ラブライブ!シリーズの楽曲における「季節」という言葉は、単に春夏秋冬という意味ではなく特定の期間、瞬間、時間の流れといった意味を含みます。

この場合は「楽しかった季節」。昔の、「君」と一緒に過ごしていた時間、ということでしょうか。スクールアイドルである彼女たちの目線で考えると、それはスクールアイドルとして輝いていた瞬間と捉えることもできますね。

 

楽しかった思い出を思い返して「胸がしめつけられて切ない」のは何故か。それはきっと、その思い出はいくら思い返しても戻ってこないものだからでしょうか。

あの時は楽しかったよね、と考えることは私もよくありますが、つらい気持ちになることはあまりありません。そう感じてしまうのには、二度と繰り返すことができないから、つまりもう「君」と会うことはできないから、などといった特別な理由が考えられました。

 

 

 

いまは遠いんだね さみしい気持ちで

つめたくなった紅茶飲んでるよ

でもいつか いつかね また会える気がするからさ

気のせいかもね

最後にひとこと オマケみたいに伝えておこう(P.S.)

「どうもありがとう」

だっていつか いつかね

また会えるはずだからきっと その日を待ってる

ポストカード…出してもいいかな?

 

ラスサビですね。ここで初めて出てきた2つの言葉を読み解きます。

 

まず、「気のせいかもね」。「また会える気がするからさ」という希望を否定してしまうような言葉で少し切ないですね。裏を返せば、それが実現しないとわかっている未来である、ということに少し肯定的になっているのかもしれません。それは諦めか、それとも過去との決別なのか。

 

そして、「ポストカード…出してもいいかな?」。

自分の心の内を文字に起こす、つまり手紙を書くという行為はなかなか面白いもので、それまでぼんやり心の内で考えていたことが文字としてはっきりと形に表れてしまうのです。2番のサビの時点で「最後にひとこと」とあることから手紙を書き終えていることが読み取れますが、その自分で書いた手紙を読み返すことでCメロにあるような本当の気持ちが溢れてきてしまったのかな、と考えました。

 しかし、自分の心の内を振り返った結果がこの「ポストカード…出してもいいかな?」に繋がってきたこと。これは自分自身のそういったつらい感情を断ち切り、過去に囚われずに前を向くことにしたその決意の表れなのかな、と私は受け取りました。

 

 

 

曲の一番最後の「ありがとう」、実は歌詞カードには書かれていないんですよ。この最後の言葉は歌い手である自分の言葉ではないようです。

 

つまるところ、この「ありがとう」ポストカードを受け取った「君」からの返事なのかな、と。P.S.の向こう側という言葉が意味するのは、ポストカードを読み終えた「君」のことなのではないかと、私はそう思います。

 

 

以上、歌詞読解と少しの考察でした。

 

 

 

 

3.導き出される仮説

 

さて、まずはここまで読んでいただいた皆さんに感謝します。歌詞読解と考察、いかがでしたか?

 

ここからは私の考えになります。少々突飛なことを申しますので、そんな考え方もあるのか、程度に受け取っていただければと思います。

 

 

単刀直入に話しますね。

 

 

 

このP.S.の向こう側という曲が表現しているもの、それは

 

ラブライブ!サンシャイン‼というプロジェクトが幕を閉じた後の、キャストとキャラクターの話である

 

という見方ができるのではないでしょうか。

 

 

私がそれを強く感じるのは、サビの歌詞です。

 

「でもいつか いつかね また会える気がするからさ」

「だっていつか いつかね また会えるはずだからきっと」

 

先の項で述べた通り、私はこの2つの歌詞を、それぞれ実現しないとわかっている未来、叶うことのないとわかっている希望と解釈しました。

 

私は、ラブライブ!シリーズにおけるキャストとキャラクターは一心同体、それぞれがそれぞれの半身となって生きていると思っています。しかしながら、現実的な話をするのなら、プロジェクトが終わりを迎えることがあれば必然的にその距離は離れていってしまうことでしょう。それがつまり手の届かない距離、上に述べた2つの意味ということです。

 

 

2ndで披露されたこの曲、その演出の中で未だに脳裏に焼き付いている記憶があります。それは、「ポストカード…出してもいいかな?」と歌った彼女たち3人が、我々に背を向け、スクリーンにあるポストへ手紙を投函し、その後再度振り返って「ありがとう」と言った、というその記憶。

この解釈をもってすると、手紙を書いてポストにポストカードを投函したのが伊波杏樹さん斉藤朱夏さん降幡愛さんの3人、そして手紙を受け取って「ありがとう」とお礼を言ったのが高海千歌ちゃん渡辺曜ちゃん黒澤ルビィちゃんの3人だったように見えたのです。

 

 

この考察が正しいかどうかは誰にもわかりませんし、そもそも正解なんてないのかもしれません。製作者の意図から大きく外れてしまっているのかもしれません。でも、こういう考え方もあるんじゃないか、ということを私は言いたいのです。

 

私が言いたいのは、この素敵な曲を、こんな解釈で聴いてみたら面白いんじゃない?ということ。私がしたいのは正しさの主張ではなく、手段の提示です。

 

 

 

 

4.まとめ

 

もし、この記事を読んでくださっている貴方がこの曲、「P.S.の向こう側」に興味を持っていただけたのなら、是非自分なりの解釈をしてみてください。この曲の世界観は本当に素敵で、聴く人一人一人によって異なった無限の解釈ができる曲だと思います。

アニメの世界に沿って解釈するなら、ルビィが東京へ行ってしまったダイヤへと宛てた曲とも解釈できますし、ラブライブ!サンシャイン‼から離れた目線で「もう会えない人」を想像するなら、それは亡くなってしまった恋人に宛てた曲、なんて捉えることもできます。P.S.の向こう側はとても奥が深いんです。

 

 

また、この記事を読んでくださって貴方が「考察」に興味を持っていただけたのなら、躊躇わずにやってみてください。そしてその考えを共有してみてください。140文字のツイートでも、ブログでも、SSやイラストなどでもなんでもいいんです。文や絵が上手いか下手かは関係ありません。

 

 

貴方の考えを聞かせてください。

考えることって、とっても面白いことです。それが正しいか正しくないか、上手いか下手かは全く関係ない。自分なりに物語を解釈し、紐解いていくというのはとっても面白いんです。自分なりの答えを見つけることができたのなら、それが自分にとっての正解と呼べるのだと思います。ことラブライブ!サンシャイン‼という作品においては、それが大いに可能であることだと確信しています。

 

 正解がないから全て間違い、と考えてしまうのは勿体ないと思います。

正しいか間違ってるかなんてわからない。だからこそ、わからないからこそ、考えることは面白いんです。貴方だけの物語を、どうか紡いでほしい。

 

 

 

そしてもう一つ、私がこの考察を通して感じたこと、一番伝えたいことがあります。

 

それは、

 

Aqours、そしてラブライブ!サンシャイン‼の終わりから、どうか目を背けないでほしい

 

ということ。

 

物事というものは何事も有限で、必ず終わりが来ます。そして、終わりが来るからこそすべてが美しいのです。

 

ましてや、彼女たちはスクールアイドル。学生、そしてスクールアイドルであるその瞬間を、一分一秒を彼女たちは全力で生き、輝いています。その刹那性がいかに美しいものか、敢えて言葉にする必要はないでしょう。我々はその美しい刹那性に心を惹かれているのだと、少なくとも私はそう感じています。

 

終わりがあることから目を背けず、いつか終わりの時が来ても、その時も我々は最後まで誠心誠意応援すること。そういった気持ちが必要なのだと思いました。

 

 

 

 

 

さて、大変長くなってしまいましたが、今回はこの辺りで記事を閉じたいと思います。

この記事を通して、P.S.の向こう側という曲の素晴らしさをより多くの人に感じていただくこと、また、ブログなどでアウトプットをする人が増えることを心から願っています。

 

 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

 

ぺこ