Peco’s Journal

いろんなこと書くよ

#5-① μ’sと私。

 

 

私はμ’sを知りません。

 

 

ラブライブ!という作品を知ったのはファイナルの1年とちょっと前。アニメと劇場版を観て、絢瀬絵里ちゃんが好きになって、レンタルショップでアルバムを借りて。今思えばそれこそ「にわか」の状態で、ファイナルは2日目のLVにのみ参加しています。当時、私は18歳でした。

 

 

 

私がラブライブ!にハマり出したのは、そのファイナルが終わってからでした。

ファイナルで披露された私が知らなかった曲を全て調べ上げ、μ’sというグループの歴史を知り、そしてもっと前から知っておけば、と後悔もしたものです。ちなみに、今では毎日のように遊んでいるスクフェスも、ファイナルが終わってから2週間後、2016年の4/16に始めています。

 

 

正直な話をすると、LVで参加していたとはいえ、当時のμ’sを全くと言っていいほど知らなかった私にとって、ファイナルライブはそれほど刺さっていないのかもしれません。

 

今、ラブライブ!の楽曲を全て知っているこの今でさえ、当時μ’sを本気で追いかけていた人たちがあの日ドームで、もしくは全国各地で感じた感情には、私のそれは到底届いていないものなのだと思います。

 

 

それでも、今確かに言えることが一つあります。

 

 

それは、当時のμ’sを知らなくとも、現実世界のμ’sに一度もあったことがなくとも、今の私は間違いなくμ’sが大好きだ、ということ。

アニメとして紡がれた彼女たちの物語が、彼女たちの歌が、私はやっぱり好きなんです。

 

 

自分の話になりますが。

ラブライブ!という作品の存在を知り、アニメをBSの再放送で観始めたちょうどその頃、私は学校へ上手く足が向かない不登校のような状態にありました。自分の人生が泥だらけになった感覚をこの身ではっきりと味わい、望みを失っていました。

 

そんな時、心を支えてくれていたのがこのラブライブ!だったのかなと、今ではそう思います。廃校を救うためなんていう無謀な夢に立ち向かう少女たちが、私の目にはとても格好良く映っていました。

 

彼女たちが、私に生きる希望を見せてくれたのかな、と思いました。

 

  

 

 

 高坂穂乃果役、新田恵海さんのツイートを引用させていただきます。やっぱり心のどこかでμ’sを知らないことに劣等感を感じる自分はいたので、この言葉に救われましたね。

 

えみつんに最高の形で肯定されてしまった以上、これからもラブライブ!そしてμ’sのことは大好きでいようと思いました。大好きでいていいんだ、って吹っ切れることができました。

 

 

曲もまともに知らなかったファイナルの2日目、今でも覚えていることがあります。

 

公演が終わり、スクリーンの映像が消え、劇場内が明るくなり始めた頃。

前方にいたファンの一人が突然声を上げ、

「これからもラブライブ!は続いていきます!μ’sもずっと続いていきます!俺たちが忘れない限り、μ’sはずっとμ’sです!」って言ったんです。正確な言葉は忘れましたが、そういった内容でした。

 

当時は正直あまりピンとこなかった言葉でしたが、今となってはその重みが少しはわかるような気がします。この言葉を覚えているから、私は一度もμ’sは「終わった」と思ったことは一度もないんです。

 

その声を発した青年には拍手が送られ、その後は流れで会場のみんなで写真を撮りました。「掛け声どうしますー?」「ラブライブ!でいいんじゃないすか?」「そうしましょう!」みたいなやり取りもあったりして。ラブライバー、マジであったけえよ。

 

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みんなで指をLの字にして撮った、その時の写真。2年経った今でも宝物です。(プライバシー保護のためぼかし加工)

 

 

 

 

<4/2 追記>

私は今、Aqoursを、ラブライブ!サンシャイン‼︎を全力で追いかけています。彼女たちと一緒に、限りある青春を全力で駆け抜けています。

いつか訪れるAqoursのファイナルライブ、その日は必ず笑顔で彼女たちを送れるように、後悔のないように、これからも引き続き走り続けたいと思います。

 

 

 

 

以上、今回はこの辺で締めさせていただきます。μ’s関連でもう一本書きたい記事があったので、そちらも近日中に公開します。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

μ’sよ、永遠なれ。

 

 

 

2018年3月31日

 

ぺこ